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2014年5月12日月曜日

自分を占う

十代の頃は、桜が咲く頃から散る頃までにいつも悪いことが起こっていた。

予防接種をしたのかよくわからない水疱瘡にかかって身体中かさぶたまみれになったり、高校の入学式の前日に腹膜炎寸前の盲腸で担ぎ込まれたり、交通事故で右脚をへし折ったり、大阪に引っ越すための部屋の契約をしたその日に振られたり、だいたい1年おきに起こっていたマズいことは、つまり「アンラッキー」であると当時は体験や記憶を処理していて、どこか遠いところから飛んできた鳥にひっかけられたウンコのようなものだと思っていた。

ところが、成人して、上京して映画制作会社に就職したときから何かが変わってきた。
自分の世間知らずが露呈して恥ずかしい思いをしたり、業務上のシビアな問題に具体的な悪影響を及ぼしたり、はげしい叱責を体験したりなど、これまで「アンラッキー」で済ませてきたことが突然に自己責任のもとに逆襲し始めてきた。桜のジンクスなんてお話にもならないと、その時思い知った。

ここから自分の人生の第一部が始まったように思う。
「加藤袋」という名前ができて、人生をそのキャラクターに任せるようになった。それから六年が経って、その間にハチャメチャにいろんなことがあって、東京を離れて実家に帰ってきた。たった六年ではあるけれど、言ってみればそれは自分が「加藤袋」に変身してからの年月であった。

東京にいたころ、自分が最も恐れていたことは「実家に帰ること」だった。実家に帰ることになるくらいなら死ぬとまで思っていた。そのせいで自分の精神的・身体的な状況を追いつめることになったのだが、実際のところ、自分が恐れていたのは実家に帰ることというよりは、自分が「加藤袋」でいられなくなることに恐怖していたということが、終わってみて理解できた。

他人から見ればどうでもいいことだ。

実際、誰にも、それを見分けることも品評することもできない。あくまでも個人的な問題だ。しかし、誰もがその個人的な問題と折り合いをつけるために日々を生きている。

自分はこの自分自身のことを、他人に「どうでもよくない」と感じてほしいと願い祈ることがきわめて多かったように思う。そのために、異様に必死になって「個人的」でいようと努めた。もしも誰かがこの自分のことを「どうでもよくない」と感じれくれたとき、または自分の知る知らないに関わらず、どこかで誰かがそう感じてくれたとき、この自分が個人的でなかったらいけないと真剣に思っていた。

だからこそ、自分と自分が演じる作り出す自分の影のかたちに執着していたのだが、その「加藤袋」というカードがもたらす恩恵と天罰、言うなれば正位置と逆位置についてはほとんど無関心だった気がする。無神経ですらあった。

それから今になって、自分自身で作り上げた自分自身の影にある一定の距離を置くことが出来る環境になってみて思うことは、このカードをできるだけ正しい位置に置き続けなくてはならないということだ。

それが具体的にどういうことを意味していて、実際にどうなるのかは未来のことなのでわからないのだが、想像している。

時間が流れている。

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