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2013年9月11日水曜日

イヨマンテ完成

すこし前までは自分の作品を発表する場としてリカヒノロクフというサイトを用意していたのだけど、サイトを置いていたサーバからメールがあり、事業を畳むことになったので預かっている情報はすべて消滅しますという内容だったので実際ショックを受けた。(すでに消滅済み)

写真を撮り始めた最初期には、もっぱらmixiのアルバム機能を使って内輪に向けて発表していたのだけど、ツイッターにのめり込むようになってからは、自分のサイトがほしいナ〜と思うようになった。ホームページを作るぞ!と思っても、既存のwebサービスはどうしても好きなようにならないし、何よりも勝手に仕様が変わっていくことが嫌だった。


ネットワークに関連するコンピュータに関して言えばすべてがそうなんだけど、アップデートだとかバージョンアップなどの「改良」によって、昨日までそこにあったボタンが無くなっているだとか、せっかく指が覚えた動作が違う意味にすり替わってしまったり、同じことをしているはずなのに何故か結果が変わってしまう…といった支配されている雰囲気がすごく嫌で、純粋機械としての「メカ」である道具でないとあまり心を許せない。


とはいえホームページは情報ツールなので、パソコンが得意でなくてもまあまあ体裁のつくものが作れるソフトはないものかと調べて、Freewayというmacでも使えるホームページビルダーを買って最初のリカヒノロクフを作った。


先日消え去ったリカヒノロクフは2代目で、2代目は当時一緒に共同生活をしていたダメレオンさんに無理を言って、すごい技術でハイパーテクノロジーとしか言いようが無いものをゼロからコーディングしてもらったものだった。すごく気に入っていたのでデータを移転して…ということも考えたが、自分の手に余るもののアフターケアをずっとお願いし続けるのもいけないし、また自分で作ろうということでシコシコやったのがイヨマンテだ。


自分のハンドルネームやサイトの名前を決めるのはすごく感慨深いというか、命に関わることをしている感じがして霊的な気分になる。加藤袋という名前についてもいろいろあるけどそれは省くとして、どういった顛末でイヨマンテになったのかを書きたい。


まず前身サイトのリカヒノロクフについては、自分の袋という名前から派生した名称にしようという考えがあって、最初にパッと浮かんだのが「光」だった。(袋の光…)というところから、とりあえずカタカナにしよう!というのは決まっていて、光を意味する外国語や学術用語を調べたりしたが、結局「フクロノヒカリ」に戻って、古くさいことしてるし、右から書いてやれということでリカヒノロクフに決着した。今度も同じ名前にしようかと思いはしたけれど、当時とは決定的に違うこととして、プリンターとしての自分という重要な側面が追加されたこともあり、改名することにした。


イヨマンテという言葉に最初に出会ったのは、真女神転生3というゲームの中に出てくるマガタマという道具の名前のひとつだった。(イヨマンテ…!)という響きがけっこう強烈に記憶されていて、今回「カタカナでひとかたまりの素敵な文字列」と考えたとき、まず最初に(イヨマンテみたいなの)と考えだした。


イヨマンテというのはアイヌ語で、直接の関係はないけど、ずいぶん前に初めて中野ブロードウェイに訪れたときにアイヌ語辞典が販売されているのを見て、思わず買ってしまった。今でもうちにある。カタカナの不思議な文字列の響きには感じるものがある。今回もいろいろ考えたけど、結局最初に浮かんだものでいこうということになった。よくよくイヨマンテとはなんぞや?とwikipediaを見たところ、これがまたものすごく神秘的な言葉で、こりゃもうこれしかないわと観念した。


”イオマンテ (iomante) とはアイヌの儀礼のひとつで、ヒグマなどの動物を殺してその魂であるカムイを神々の世界 (kamuy mosir) に送り帰す祭りのことである。[1]言葉としてはi「それを」+oman「行く」+te「何々させる(使役動詞語尾)」という意味。「それ」とは恐れ多いカムイの名を直接呼ぶ事を避けた婉曲表現であり、従ってイオマンテとは「カムイを行かせる」儀式の意である。また、語頭のiとoの間に渡り音のyが挿入されてiyomante=イヨマンテという発音になることも多い。
単にイオマンテという場合、ヒグマのイオマンテを指すことが多い。本来はカムイであればどんなカムイでも構わず、一部の地域ではシマフクロウのイオマンテを重視する。またシャチを対象とするイオマンテもある。”


はてなキーワードからの引用としては
アイヌの「熊の霊送り」の祭り。
成獣を仕留めた際に、残された子熊を里へ連れ帰り、1~2年飼育した後、盛大な儀式を執り行い親元である神の国に「送る(殺害して、死体をデイスプレイして飾る)」儀式。
1977年姫田忠義により映像化されている。”


とのことだ。

「殺害してディスプレイして飾り」「その魂を帰す儀式」って、完璧なマッチングじゃないかと思う。ほとんど自分の制作行為はイヨマンテに近いのではないかとさえ思った。

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